生きることと、食べること。摂食障害と「暮らし」の記録【とどけるラジオ#20 アーカイブ&文字起こし】

生きることと、食べること。摂食障害と「暮らし」の記録【とどけるラジオ#20 アーカイブ&文字起こし】

本ページの記事は、2020年4月〜2021年3月にかけて「とどけるプロジェクト」で制作された記事です。 古い情報が含まれている可能性がありますのでご了承ください。

新型コロナウイルス感染症(COVID–19)に関する必要な情報を、さまざまな不安や困りごとのある方に届ける「とどけるプロジェクト」では、2020年6月より音声コンテンツ「とどけるラジオ」を、週の始めの月曜日20:00から配信しています。

このnoteでは、これまで配信したラジオのアーカイブ音声と共に、文字起こしテキストを掲載します。「ラジオの内容をもう一度聞き返したい」「文字で読みたい」などなど、ご自分にあったかたちで楽しんでいただけると嬉しいです。

とどけるラジオ#20 — 生きることと、食べること。摂食障害と「暮らし」の記録

今回は、12月7日に配信した第20回のアーカイブ・文字起こしです。

ゲストは、摂食障害のドキュメンタリー映画『DieAter』の監督、ふじもとあつしさんです。摂食障害の当事者にインタビュー取材したふじもとあつしさんに、当事者の方々の様子や回復する過程で重要なこと、COVID–19による摂食障害の当事者が抱える困りごとなどについてお話しいただきました。

音声アーカイブ

■文字起こしテキスト

鈴木悠平(以下、鈴木):みなさん、こんばんは。12月7日月曜日、夜8時となりました。「とどけるラジオ」の時間です。今夜も司会進行は、「とどけるプロジェクト」共同代表の鈴木悠平がお届けします。今、リタリコって言いかけて。前職の会社の名前ですね。うっかりです。8月に辞めたのですけど。

12月に入りまして、年内のラジオは、今日と来週、あと2回で、その後は冬休みに入りまして、年が明けてからは、またお知らせできればと思います。毎週聴いてくださっている方、ありがとうございます。今週と来週で、年内で最後となりますが、よろしくお願いします。

僕、先週が誕生日で、33歳になりまして。だからなんだって話ですけど。ラジオでしゃべっているので、「みんなの拍手ください」と言っても、聞こえるものでもないし。何も考えずに言ったのですけど。特に何も変わらないですね。体力も衰えていきながら、どうにかこうにか生きていると感じですが、今日はだめですね。肩書きを間違えるし。

さっきまで、今日は妻の帰りが遅いので、いつもより早く迎えに行ってご飯を食べて、大急ぎでお風呂に2人で入って、隣の部屋で「YouTubeを見ておいて」と言って、娘に待ってもらっているんです。

そろそろ落ち着いてきました。やっていきたいと思います。先日、とどけるプロジェクトで公開した新しい記事がありました。その記事は、摂食障害をテーマに、摂食障害の当事者や、周囲の方が、症状との付き合い方や、相談先を紹介しています。他にも、コロナの感染拡大の中で、状況が変わって、摂食障害の症状の再発や、いろんな困りごとがある中で、どうやって生き延びていくのか、どうやって仲間と繋がるのか、そんなことを記事にしました。

タイムリーなテーマということで、摂食障害をテーマにしたドキュメンタリー映画の監督でいらっしゃいます、ふじもとあつしさんを今夜のゲストにお招きしております。ふじもとさん、こんばんは。

ふじもとあつし(以下、ふじもと):はい、こんばんは。

鈴木:はい。よろしくお願いします。

ふじもと:お願いします。誕生日おめでとうございました。

鈴木:ありがとうございます。求めたみたいになっちゃっていますけど。

ふじもと:今は、同い年です。

鈴木:一歳ズレな感じだったのですね。どうも、どうも。タメですね。僕は、バタバタとお風呂に入ったんです。今日、お招きしたあつしさんは、さっきまで、ドキュメンタリー映画の上映会をされていたというところで、終わったところに配信に入っていただくという無茶振りに応えていただきありがとうございます。

ふじもと:いえいえ。

鈴木:はい。ドキュメンタリー映画(『DieAter』)の読み方は、「ダイエッター」でいいんですかね?

ふじもと:「ダイエッター」と見えるように、あえてしていますが、正式な読み方は、「ダイ・イーター」です。

鈴木:「ダイ・イーター」。あ、なるほど、なるほど。

ふじもと:「ダイ(Die)」アンド「イーター(eater)」。死を食らう人という意味ですね。

鈴木:かけているのかなと思いました。

ふじもと:そうです。かけました。

鈴木:なるほど。「ダイ・イーター」。摂食障害の当事者の方々にいろんなお話を、いろんな地域で、いろんな症状のある方々のお話を聞いたドキュメンタリー映画、『DieAter』という映画を、あつしさんは撮られています。今日上映されたばかりの二作目は、まだ見れていないんですが、一作目と含めて、あつしさんが、摂食障害の当事者の方々とどんな風にお話をしてきたのか。その中でどういった思いで、一人ひとりが暮らして、今年のCOVID–19による生活の変化があったのかを、30〜40分でいろいろとお聞きできればなと思っております。

ふじもと:お願いします。

摂食障害に対する世間の認知は、低い

鈴木:前段で、先にテーマと映画の話をしました。最初に、ゲストのあつしさんのご自身の自己紹介をリスナーの方に向けて、映画以外にもカフェをやられているので、まず自己紹介からお願いします。

ふじもと:わかりました。ふじもとあつしと言います。話題に出ましたが、「ごちゃまぜCafeメム」というカフェの店長をやっておりまして、料理やコーヒーを出しております。映画の方は、2年前から、制作をスタートして、摂食障害のドキュメンタリー映画が、長編で2本。特に表には出していませんが、短編映画を作る活動をしております。それ以前に、映画の業界で、もともと働いていたので、その経験を生かしつつ、今も活動しています。

鈴木:はい。ありがとうございます。僕も、「ごちゃまぜCafeメム」は行ったことあるんですけど、あつしさんの作るカレーとコーヒーは、とても美味しいので、みなさんぜひ。

ふじもと:お願いします。

鈴木:宣伝です。ということで、今回、映画の中身や、当事者の方々のことをお聞きする前に、ドキュメンタリー映画で、しかも摂食障害というあまり知られていない症状の当事者の方々を撮るのは、あつしさんにどういったきっかけや関心で、そうなったのでしょうか。

ふじもと:摂食障害にあまり関連がないっちゃないので、端的に言っちゃいます。映画を撮りたいとは、もともと思っていたんですけど、私は技術があるわけではないので、いわゆるドラマ的な映画を撮るのは難しい。できるものの中でも、ドキュメンタリー映画ぐらいしか残されてなかったんです。ドキュメンタリーも、もちろん技術は要るんですけど。技術よりも、着眼点や考え方の方が重視されるので、ドキュメンタリー映画を撮ろうとなったときに、テーマを考えました。人間のこころについては、絶対やりたいと思っていたので、目に見えない精神の病気を取り扱おうと思って。その中で、摂食障害を選んだのは、メディアやテレビを見ていても、まだまだ理解が追いついていない度合いが、大きいんじゃないかなと思いまして。エネルギーや源泉が必要なので、ドキュメンタリーで知られてないことを知ってほしいというところに、すごく合致したのが、最初の動機でした。正直に言うと、それぐらいシンプルなものです。テーマとして、すごく良いからと言っちゃうと、すごく聞こえが悪くなっちゃうんですが、そういう感じですね。

鈴木:そうなんですね。ありがとうございます。そうなんですよね。摂食障害というテーマは、言葉は聞いたことがある人は増えてきたかもしれないけども、どのような症状なのか、症状に至る当事者の背景、どんな暮らしなのか、どんなサポートがあるのか、という内実は、ドキュメンタリーを含めて、メディアで扱われることはそんなに多くないのかなという感じはしますよね。

摂食障害とは、何か?

鈴木:この後、あつしさんに、ドキュメンタリーを通して見た、一人ひとりの話をお聞きできればと思うので、こういうものですという話をするのは野暮だなと思いつつ、リスナーの方に向けて、摂食障害について、簡単にご紹介します。とはいえ、必要なところはあつしさんに聞いていければなと思います。

摂食障害、その名のとおり、食べるという行動に関係する疾患・障害です。過食症と呼ばれる、たくさん食べるようなパターンもあれば、拒食症という、食事を過度に制限するような、摂食障害といっても大きく2種類に分類されます。吐き出すという嘔吐を伴うもの、そうじゃないものがあります。さらに、摂食障害と言っても、食行動でどういう行動をするのかは、人によってかなり異なります。体型や見た目、周囲の目に対する苦しさや、当事者の方が抑うつ的な気分になったり、自分をなかなか肯定しづらいような心持ちになったりすることが、背景としてみられることが多いようですね。

摂食障害は、自尊心の病

鈴木:あつしさんに、ここからお話しをいただきたいのは、実際、ドキュメンタリーを撮ってみて、あつしさんがどんな風にその方々のお話を聞いて、何を感じたのかを、お聞きできればと思います。

ふじもと:そうですね。僕が取材を実際に行ったのは、30人ぐらいです。インタビューの、アンケートをいただいたのは150名ぐらいです。交流のある友人や、会いたいんで会いましょうと言われて会ったりするので、たぶん200人ぐらいにお会いしてきていると思います。共通の何かが、あるとしたら、食行動の問題ぐらいしか見当たらないぐらい。結構いろんな方々がいて、そういったことも踏まえて、いわゆる人として、お付き合いをさせてもらっています。

摂食障害に関して第一人者と言われる、ドイツのヒルデ・ブルックがいます。僕が、ヒルデ・ブルックと同じような思いを抱いたので、それをご紹介します。この人は、「摂食障害はこころの病である」というのを、医療に持ち込んだ方なんです。論文を実際に書いて、精神医学の方面で発表した方なので、功績として摂食障害を精神疾患に持ち上げた方です。この方は、1000人以上のカウンセリングを継続的に診ていた。ヒルデ・ブルックが言っていたのは、2つです。ヒルデ・ブルックは、「(摂食障害が)食や体型の病ではない」と、言っています。では、どういった病かというと、「人からどう見られるかという自尊心についての病」という説明をしています。これは、僕もすごくそのとおりだと感じましたね。

鈴木:自尊心。

ふじもと:そうですね。人からどう見られるかで、特殊なのは、自尊心を競い合っている相手が、他者ではなくて、自分なんですよね。自分と自分が戦っている感じですね。「誰と戦っているのか?」を見たときに、対象がほとんどの場合、他者じゃなくて、自分。

鈴木:過去の自分の体型や、あるいは自分の理想的な体型でしょうか?

ふじもと:そうですね。自分の理想と戦っているケースは結構多いかな。ただそれが、他者からどれだけ称賛・承認されても、自分が納得いかなかったらダメなんです。自分の戦い、一人の戦いなんだっていうのは、なるほどなあと思いましたね。

それともう一つ、ヒルデ・ブルックは、当事者の方は隠すのが得意だと指摘しています。それは、すごくありましたね。今回の映画でも、摂食障害を隠していたというエピソードを話している当事者の方も結構いらっしゃいます。いろんな方にお話聞いてても、隠すのが上手だと思いましたね。上手って言い方がトゲがあるかもしれないですけど、上手だと感じます。

鈴木:過食や嘔吐という行動に、周囲の人が気づかない・見えないような過ごし方を当事者の方が工夫されているっていう感じですかね。

ふじもと:物理的な隠すことが得意な方は得意なんですけど、自分の辛さ・しんどさみたいなものを、とにかく隠します。僕がいる店に、遊びにきてくださった若い女性は、僕にしか話したことないと話していました。周囲にバレている・バレていないかはわからないですけど、誰にも気づかれずにそこまできたんだろうなって思いました。毎日、嘔吐したり、代償行為があったりするにも関わらず、誰にも話さずに生きてきたという方もいました。

鈴木:隠すと言うのも、ヒルデ・ブルックが言った2つの特徴を、あつしさんはインタビューの中で実感されたとお話されていますが。

ふじもと:そうですね。それが強く思ったところですね。

鈴木:自尊心との戦いと、それゆえに周囲に知られないようにする行動。その2つの特徴が、繋がっているのかな? という感じがしました。

ふじもと:そうですね。それはすごく近いところにあるのかなと思っています。欠点を見せたくないというような感覚はかなりあると思いますね。個人差はあるので、全員がそうですとは言えないんですけど、共通の感覚として感じるのはその2つかなあ。もっと自分の感想で言うと、見た目じゃわからないなとすごく思いましたね。見てわかるぐらいに、「これはやばそうだな」という方は、比較的に少ないですね。

これは結構難しい問題で、たとえば、痩せすぎてしまうような拒食が重度になり、体重が落ちて、立つ・歩くも難しいような状態の方ももちろんいます。そういう方は、医療に関わりやすいですよね。周りが気づきますし、実際に歩けなくなったら、病院に行こうと、話がスムーズに進みます。

一方で、そういったところを超えた方なのか、そこには至らず、身体に症状が見られなかった方もいます。回復の過程の中で、身体症状があまり出なくなった方もいらっしゃいます。こういった方々が医療にアクセスするのは、すごく難しいです。病院に行っても、見た目が健康そうに見えるから、重症だと捉えてもらえなかったり、周りもあまり言わなかったり、本人も身体が元気になっているから回復しているんじゃないのか、と考える。福祉、医療、支援とのアクセスが悪くなるのは、課題ですね。

鈴木:それはかなり特徴的ですね。

ふじもと:相談されたときに、困りました。「どこの病院に行ったらいいか?」と聞かれた時に、「メンタルクリニックかなあ? 精神科かなあ?」と。「じゃあなんて言ったらいいですか?」っていうと、「摂食障害で困っていると言ったらいいんじゃないか」となるんですけど、しかし、病院によっては、「摂食障害はうちでは診られません」という事例も存在するので、すごく難しさを感じましたね。

鈴木:首都圏では僕の知り合いでも、医療・福祉分野で摂食障害の方のサポートをしている人がいますが、あつしさんは、全国のいろいろな地域の方々の取材をされてきたということで、その感覚として、医療・福祉の摂食障害を診られる人や施設は、ギャップがあるものなのですかね。

ふじもと:僕は、都内に住んでいて、都内の支援団体のミーティングに参加しているんですけど、医療者も支援者もすごく熱心で、年齢の若い方もたくさんいて、盛り上がっているんですけど。地方だとそういった空気が少ないですね。

「医療や支援に、どうやってアクセスすればいいの?」と考えると、精神科か、心療内科に行くことが思い浮かぶんですが、そこらの病院の先生だと、単純に知らなかったりするんですよ。「え?摂食障害?」という感じで、よくわからないまま対応されているというケースは、インタビューの中でも聞きました。当事者の方を、どこにつないであげたらいいのか? どういった手助けをしてあげたらいいのだろう? などの具体的なものを見たときに、ないというのは、結構感じますね。

鈴木:そうかあ。摂食障害というものの認知や、そこに対するサポートも、広がる途上であるという話もしました。しかし、医療・福祉の支援に携わる方にも、知識や経験のギャップがまだまだ多いってところですよね。地方間のギャップや、支援者の中でも専門性のギャップが、まだかなり大きいというのが現状です。

ふじもと:先日、精神科にお勤めになっている看護師さんの方々とミーティングをしまして、10人ぐらいの方にお話を聞いたんですよ。「摂食障害って知っていますか?」と。大体の方は、名前としては当然知っていらっしゃるんです。しかし、突っ込んだ質問をすると、ほとんどの方が知らなかった。たとえば、代償行為に関しても、あるのは知っているけど、具体的にどんなことになっているのかまでは「知らないなあ…」というのがありました。代償行為って、年々激しくなっているんですよ。20年ぐらい前の文献を読んだり、Webを見ていたりしても、代償行為はそこまで過激じゃなかったんですけど、どんどんエスカレートしていってるんです。それは、若い世代の新たな当事者の方々が、いろんなことにチャレンジしていく過程で生まれた文化が散見されます。そのあたりは、医療サイドには全然落ちていないという印象がすごくあります。

鈴木:言葉と定義は知っているけれども、実際どんなものなのかっていうところの解像度がまだまだ少ない人もいるということですね。

ふじもと:そうですね。それって、どの病気の中でもあると思うので、摂食障害がこうですって、あんまり言わない方がいいと思うんですけど、僕の立場からいうと、そこはすごく感じるところですね。

回復の道程は、人との交流を増やすこと

鈴木:ありがとうございます。とどけるプロジェクトの記事の中でもご紹介しているので、配信でもお伝えできればと思います。地方や医療機関、福祉機関ごとの違いはありますが、相談先は窓口としてあるので、ご紹介させていただきます。とどけるプロジェクトの中で、「摂食障害当事者と周囲の方が、今を生き抜いていくためにできること」というタイトルの記事を出しています。その記事の後半に、自助グループという、当事者が繋がって仲間と一緒に回復を目指していく集まりが、最近ではコロナの影響もあってオンラインでも開催されるようになりましたが、そういった自助グループをいくつかご紹介しております。それから、精神保健福祉センターや社会福祉協議会という、福祉の窓口があります。それらは、どの地域にもあるんですが、お近くの窓口に相談すると、アクセスしやすい病院を紹介してもらって、繋がりやすくはなると思うので、もしご自身や身近な方でお困りの方がおられましたら、後ほどそちらの記事も参考にしていただければと思います。

今までの話をお聞きして、難しいなと思ったのが、相談先や医療に繋がるのは大事なんですけども、摂食障害における回復というのは結局どういうことなのかというのも、僕もドキュメンタリーを観たり、友人たちの話を聞いたりしたりしても、摂食障害から回復する、さらにその出口がさまざまだなあと思います。単純に過食がなくなればいいのかというと、そういうことでもなかろうなというのはあると思うんです。

あつしさんがドキュメンタリーを取材する中で、いろんな方のお話を聞いて、それぞれの願いや、どんなことを思って暮らしているか、その中で摂食障害とともに生きたり、その中で回復していくのは、どういうことなんだろう? というのをあつしさんなりに、感じたことを語っていただければと思うんですけども。

ふじもと:なるほど。回復かあ。なかなか難しいですね。回復した当事者の方が僕の近くにあんまりいないんです。何人かいる中でもなるほどと思ったのは、食行動の問題がなくなって、普通に食事ができるようになったし、体型や人にどう見られるかという部分も、すごく緩和されてきたという方が、違う疾患で苦しんでいるケースを見るんですよね。それが、回復の道程をたどってそうなる方もいれば、突然良くなる人も中にはいらっしゃいます。

特殊なケースなので、極端な例ですが、母親が亡くなった途端に治った方が一人いました。その方は、本人いわく、「母親と二人三脚で治そうと頑張ってきたからこそ、緊張の糸が切れたかで、逆によくなっちゃったんです」という方がいたんですよ。ただ、その後、その方は過敏性症候群を疾患して、食事ができなくなるんです。こころの問題は解消したのに、身体の問題が残っちゃって、苦しいみたいな方もいて、非常にマーブルな方が多いんですよね。それもあって、回復が難しいなというのがあるんです。

しかしその中で、一つ思うのは、人との交流が保たれている方っていうのは、症状が真っ只中にあっても、他の方に比べると、割と元気な顔はしているかなという気はするんです。ただそれも、隠しているかどうかもわからないです。それでも、どれだけの人と交流しているか? というのは、一つの指標ではないですけど、目安になるのかなと思います。

鈴木:ですよね。症状がパッと消える・消えないだけではなくて、摂食障害の症状が続きながらも、その中で仲間と繋がって、こころもちが変わったり孤独感が少し緩和されたり、そういった目に見えないけれども小さくて大事な変化は、あるだろうなという感じがしますね。

ふじもと:そうですね。僕が、一作目の時に取材して、比較的に予後がいい子がいるんです。お医者さんからも、摂食障害は結構よくなって、あとは、うつをよくしていこうという感じで言われている方がいらっしゃるんです。その子も、友人や周囲の人との繋がりを少しずつ獲得していったことで、よくなったかなというのは、思います。

他者との関わりの中にある、自分のアンビバレントな感情

ふじもと:今回の作品でも、当事者の孤独は取り上げているんです。周りに理解されないというだけではなく、いろんな理由で孤独になるし、人にどれだけ囲まれていても、結局、いつも一人な感じがしている。いわゆる孤独感が強い方がいて、「結局、私の全部を知ったら、あなたたちは離れていくんでしょ?」というような感覚を持っている方が中にはいます。そういう気持ちを話したり、伝えたりしても、離れずにいてくれている繋がりを自助会でつくりあげていくのは、とてもいいことだと思うんです。

しかし、症状が重い時期は、自助会に関しても、「どうせ同じような仲間なんて、できるわけないから」と、わかってほしくないみたいな気持ちが、勝っちゃうケースもあって。わかってほしいんだけど、わかってほしくない。「あなたの気持ちがわかりますよ」と、言われることが逆にきついというか。「わかるわけないじゃん」と思っちゃう。それは結構難しいけど、そこが緩和されてくると、「この人たちならわかってくれるかもしれない」という可能性を覚え始めて、次の段階の中に、相手からじゃなくて、自分が他人のことをわかろうとしてなかったんだなって気づきになる方がいて、そこがある方は、回復の傾向にあるなとは感じます。

鈴木:そうですね。

ふじもと:そこまでたどり着いている方は、そんなにたくさんはいないです。僕も偉そうには言いますが、僕自身も抱える問題がそのように解決できているかというと、そんなことはないんです。それは所感としてありますね。

鈴木:「わかってほしい」というのと、「わかってたまるか!」みたいな、アンビバレントな感情で…。

ふじもと:そうですね。まさに。「アンビバレントな感情」は、まさに言われます。専門の方も、それはよく言っていますね。

鈴木:その孤独や孤立感を、すごく強く感じられているのが、摂食障害や他にもさまざまな依存症の当事者の方々かなと思うんです。もちろん症状の度合いでは、医療や福祉の支援が必要かどうかという違いはあれど、人間の普遍的な苦しさという意味では、孤立とか孤独のそのものは、当事者じゃない人でも繋がる部分があるのかなと感じます。わかってほしいとか、わかるって、100%重なってわかりあうということってできない。その期待を手放しつつも、「お互いにわかり切らないけれども、ここはわかる」という、重ねながらどう生きていくか? については、人間の大きな難問という感じはしますね。

ふじもと:非常にスケールが大きくなりますけど、摂食障害の映画を撮っていて勉強になるなと、特に感じるところは、「人として、誰と、どう生きていくか?」ということを、自分に置き換えて考える機会はすごくもらえたかなと思います。

鈴木:今回のCOVID–19で、摂食障害の方が、症状の悪化や再発したという話も届いています。そこに象徴されるように、この1年は、摂食障害じゃない人も含めて、いろんな人が、人との繋がりや、あるいはわかりあうことや、孤立感みたいなものを、みんなそれぞれに感じて、考えた1年だったのかなと感じがしますね。

ふじもと:そうですね。僕もそうでしたけど、他者との関係や繋がりを見つめた1年でした。さびしいなっていうのは強かったです。僕、死ぬかと思っていましたもん。緊急事態宣言で、人と会えなくなって、コンビニや郵便局の人としか話さなくなっちゃって。僕自身は、その間に映画の編集もやっていました。当事者の方も、コロナの影響で、家にいないといけない。そのため、家族と過ごす時間が多くなると、家族とうまくいっていない当事者の方にとっては、かなりきつかった。そんなに関係が悪くない・うまくいっている方は、そこまでだった。逆に、仲良くなりすぎてしまって、やばくなったという方もいました。

鈴木:距離感が近づいたり、遠ざかったりっていうことに対する反応も、いろんな人間模様って言ったら簡単ですけど、ありましたね。

ふじもと:そうですね。それは、摂食障害の当事者であるかどうかに関係なく、考えたのかなあ。

鈴木:繋がれないのは、さみしいけれど、じゃあ、近ければいいものでもないっていう、この。

ふじもと:なんとも言えない。

鈴木:ありますよね。

ふじもと:そうですね。自分がこういう繋がり方を他者としたいなと思っていた状態が、もっとも心地よい状態ではなかったんだというのに気づきました。コロナによる、強制的な条件が生まれたことで、それを確かめる面もありましたね。

鈴木:そうですね。「何が、自分にとって心地よい距離感、関係性なのか?」を、改めて考え直さざるを得ないというかね。

当事者と仲間が、つながり、広がるために

ふじもと:そうですね。一回、摂食障害の話に戻すと、人との繋がりにある、心地よさ。食事や自宅で過ごす心地さという安心感を、言語化できる感覚が薄い当事者の方が、多かったと思います。不安が強かったり、不快感が強かったりしていました。「心地よいって何?」というぐらいの、今まで感じたことないぐらいの方が、たくさんいます。居心地の良さみたいなのを、今までの人生でほとんど経験していないというか、どこにいても居心地が悪いという話を聞いています。

鈴木:居心地の良さみたいなものを、そもそも持てずにいた。

ふじもと:そうですね。自宅にいて、ゆっくり休んでいても、なんとなく居づらいとか、居てはいけない気がするとか、居心地の悪さが常にある方は、結構居ましたね。「私、じゃあ、どこで安心・安全という感情を抱けばいいの?」という方は結構いて、そういった方に居心地の良さを与えることは、大きな課題だし、すごく難しいなという気はします。仲間と繋がる中でも、居心地がいいかどうかというのは、違うので、環境や場の空気も、合う・合わないがありますから、そこがもっと増えれば良いんでしょうけど。第三次機関のようなところが、もっと増えてもいいんじゃないかなって思いましたね。

鈴木:そうですね。仲間と繋がって、万事がすぐに解決するということでもない。繋がることで、はじめて自分にとって、「居心地のいい・悪いってなんだろう?」と考える。考えるきっかけや機会、繋がりが無かったら、そんなことを考える場も持てないという状態だと思います。なので、まずは、摂食障害の認知と、当事者同士や、当事者の周囲の人たちが繋がって語り合えることが、数として、もっともっと増えていくといいなと思いますね。ありがとうございます。ぜひ、今日のラジオを聞いてくださった方は、とどけるプロジェクトの記事も見ていただいて、いろんな自助グループや相談窓口を参考にしていただければなと思います。あつしさん、最後に、上映会が今日だったということですけれども、もし映画やカフェのインフォメーションとして、最後にお話したいことがあれば、お願いします。

ふじもと:ありがとうございます。カフェは、木曜日以外は営業していますので、いつでもウェルカムなので、ぜひ。映画は、今日の上映会が終わって、しばらくは上映の予定がありません。劇場でやる機会は、僕がというよりは、世の中的にそうなんですけれども、半年から一年ぐらいをかけて、劇場公開につなげるものなので、他の映画祭に出品されない限りは、劇場で見る機会はしばらくはないです。しかし、DVDやオンラインでの鑑賞機会も、一応設ける予定です。映画も、公式のページを作っているので、そこを見てみてください。お店の情報も含めて知ってもらうなら、SNSをフォローしてくれるといいのかなと思います。

ふじもとさんの公式のページはこちら

https://glutenfreeter.wixsite.com/fujimoto-a/dieater

ふじもとさんのTwitterはこちら

https://twitter.com/atushi00

鈴木:あつしさん、今日はありがとうございました。

ふじもと:ありがとうございました。

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